2009年04月03日

まやかしのブロードバンド

ブロードバンドと言う言葉が身近な存在となって久しい。マスメディアは一般用語のようにこの言葉を使い、どこそこの会社が100Mbpsを達成した等の報道を盛んに耳にする。しかし、システムキャパシティのことを言及するマスメディアはほとんどいない。

いつ頃だったか、どこかのインターネットメディアが、HSDPAにより3Mbpsの伝送レートを観測したと報じていたことがあった。これに比べて従来の音 声通話を基本とするシステムが提供する伝送レートはわずか10kbpsである。当然ながら多くの読者は、HSDPAにより300倍もの通信速度が提供され るのだ、すばらしい、と考えるだろう。しかしこれには大きな誤解がある。音声通話の場合、回線が繋がれば常に10kbpsが保障されるのに対して、 HSDPAの場合は次の3つの条件を同時に満足して始めて3Mbpsが保障される。回線に繋がっただけで3Mpbsが保障されるわけではないのだ。

① ユーザが基地局の近くに位置すること
② この基地局を一人で独占できていること
③ 周辺の基地局で誰も通信していないこと

複数のユーザが同時に一つの基地局に繋がっていたり、周辺の基地局で他のユーザが通信を行っていたりすると、各ユーザが享受できる伝送レートは下がる。さらにユーザが基地局から離れていても伝送レートは下がる。

いや、HSDPAは確かに高速だと反論する読者もいるだろう。それは上記の要件を満足する状態にたまたまその人が運よく遭遇できているだけのことである。 現在、HSDPAをノートPCのインターネット接続手段としてメインに据えて利用するユーザはおそらく多く見積もっても日本国内で200万人程度だろう。 これが、たとえば現在の携帯電話の加入者数と同じ1億人が利用する状況となれば、多くのユーザは通信速度に大きな不満を感じるようになるだろう。 iPhoneなどのブロードバンドトラフィックを発するスマートフォンの普及が進めば、状況はさらに厳しくなり、3Mbpsを享受できるユーザはほとんど 居なくなるはずだ。実際、都内にてHSDPAによる通信速度を1年ほど前から数週間おきにチェックしているが、時を経るに従って確実に伝送レートは落ちて きている。

システムキャパシティとは、ざっくりと言えば、何人のユーザが同時に3Mbpsを満足できるかを表す指標である。同じブロードバンド環境、すなわち同じ伝 送レートのサービスを提供しつつも、100人へ同時に3Mbpsを提供できるシステムもあれば、わずか5人までしか許容できないシステムもある。モバイル ネットワークの性能は、ブロードバンド性能よりも、むしろシステムキャパシティのほうが重要なのである。日本の3Gモバイルキャリアは1社を除き同じシス テムを採用するからブロードバンド性能は同等であるが、設備投資額は会社によって大きな開きがある。この違いは、実はシステムキャパシティの向上にどれほ どのコストをかけているかによるのである。ブロードバンド性能は同じでも、会社によって通信品質に差があるのはまさにシステムキャパシティの差であると考 えて間違いない。

移動体通信の研究開発の歴史は、システムキャパシティ向上のための技術開発の歴史であると言っても過言ではない。研究開発の王道は、複雑な信号処理を駆使 して目的を達成することだ。その行きついた先が、OFDMであり、MIMOであり、Turbo符号やLDPCといった高性能符号化技術の採用であった。こ れらは通信研究の花形であり、皆がこぞってその研究開発に没頭してきた。

しかし、システムキャパシティをもっと簡単に向上させる手法がある。基地局の守備範囲をわざと狭くし、代わりにたくさんの基地局を設置することだ。実に単 純である。こうすると基地局の密度が増し、基地局あたりに接続されるユーザ数ならびに周辺基地局に接続されるユーザ数を同時に減らすことができる。この状 態は、上記3つの要件により近い状態を意図的に作り出すことに他ならない。守備半径を半分にすれば4倍のシステム容量が得られる。4倍すなわち6dBの性 能改善をOFDMやMIMO等の物理層・リンク層の技術にのみ頼って実現することは並大抵の努力ではすまない。

しかしながら、セル狭小化策は重要な問題の解決なくして実現はできない。エリア確保という問題だ。エリアを確保するために膨大な数の基地局を敷設せねばならないのである。

膨大な数の基地局敷設を如何に安価にできるようにするか・・・これこそが私が10年来取り組んできたテーマだ。OFDMやMIMOなどの花形研究に比べる と、地味でローテクな課題も多数ある。しかし、全く構わない。システムキャパシティ拡大という大きな課題に対して何とも単純なセル狭小化という処方箋は、 私が愚直に考え抜いて到達した確信であり、検討を開始して10年の歳月を経た現在でもこの確信が揺らぐことはない。幸いなことに、徐々にサポートしていた だける方々が増え、プロトタイプ装置を作れる研究バジェットも頂き、ついにアイデアを装置として具現化できるところまできた。このプロトタイプ装置を技術 供与し、実用化まで導いてくれる会社が現れてくれることを密かに期待したりもしたが、案の定、そう簡単に事は進まない。ならば自ら起業し、社会に問うてみ ようではないか~私は今まさにシーズをニーズに変える活動を実践しているのである。創業した会社はまだ半人前で、マーケティング活動らしき活動ができてい ない状態であるにも関わらず、話ができた方々からの手ごたえは予想を超えるものがある。もちろんニーズ爆発状態に到達するまでにはまだまだ相当に長い道の りであるのは言うまでもない。


Posted by furuhiro at 00:00│Comments(0)
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